ディープラーニングモデルの安全な並列推論とパフォーマンス最適化

ディープラーニングモデルの安全な並列推論とパフォーマンス最適化
Photo by Amy Chen / Unsplash

こんにちは!

今日は、よく聞かれる質問の1つである「単一のモデルインスタンスで安全に並列推論を行えるか?」に関する内容です!

evalモードでの並列推論の安全性

PyTorchモデルがmodel.eval()を使用してevalモードに設定されている場合、一般的に並列推論に対して安全になります。

(ここでいう「並列」はマルチスレッドによる処理ととらえてください。バッチ推論については後述します。)

その理由は、

  1. パラメータの不変性
    evalモードでは、順伝播(forward pass)中にモデルのパラメータが更新されません。
  2. 学習特有レイヤーの非活性化
    BatchNormなどのレイヤーは、バッチ統計の計算ではなく、実行時統計(running statistics)を使用するモードに切り替わります。
  3. 入力データの独立性
    各スレッドやプロセスは独自の入力データで動作し、それぞれ別のメモリ領域に存在します。

以下は、evalモードでの安全な並列推論の基本的な例です:

import torch
import threading

def safe_inference(model, data):
    with torch.no_grad():
        return model(data)

model = YourModel()
model.eval()  # 重要: evalモードに設定

# 複数スレッドで推論を実行
threads = []
for i in range(10):
    t = threading.Thread(target=safe_inference, args=(model, your_data[i]))
    threads.append(t)
    t.start()

for t in threads:
    t.join()

注意が必要な場合

しかし、以下のような状況では注意が必要です:

  1. カスタムレイヤーの存在
    独自に実装したレイヤーがある場合、その並列実行時の挙動を慎重に確認する必要があります。
class CustomLayer(torch.nn.Module):
    def __init__(self):
        super().__init__()
        self.counter = 0  # 潜在的な問題源

    def forward(self, x):
        self.counter += 1  # スレッドセーフではない
        return x + self.counter

# このようなカスタムレイヤーは並列実行時に問題を引き起こす可能性があります
  1. GPUメモリの制約
    複数スレッドが同時に大量のデータを処理する場合、GPUメモリ不足が発生する可能性があります。
  2. 複雑なモデル構造
    特定のタイプのAttentionメカニズムなど、一部の複雑なモデル構造では、並列実行時に予期せぬ挙動を示す可能性があります。

プールの使用

上記のような注意が必要な場合、モデルインスタンスのプールを使用することで問題を回避できる場合があります。
以下は簡単なモデルプールの実装例です

import torch
from queue import Queue

class ModelPool:
    def __init__(self, model_class, num_instances):
        self.pool = Queue()
        for _ in range(num_instances):
            model = model_class().to('cuda')
            model.eval()
            self.pool.put(model)

    def get_model(self):
        return self.pool.get()

    def return_model(self, model):
        self.pool.put(model)

def safe_pooled_inference(pool, data):
    model = pool.get_model()
    try:
        with torch.no_grad():
            result = model(data)
        return result
    finally:
        pool.return_model(model)

# 使用例
pool = ModelPool(YourModel, num_instances=3)
results = [safe_pooled_inference(pool, data) for data in your_data_list]

このアプローチでは、各推論タスクが独立したモデルインスタンスを使用するため、並列実行時の問題を回避できます。

パフォーマンスの最適化の基本はバッチ

並列推論は柔軟性を提供しますが、オーバーヘッドによりパフォーマンスが低下する可能性があります。ここでは、パフォーマンスを向上させるための重要なヒントを紹介します。

バッチ処理の活用

個別の並列推論よりも、バッチ処理を活用することで大幅なパフォーマンス向上が見込めます。GPUは大量のデータを同時に処理するのに適しているため、バッチ処理はGPUの能力を最大限に活用できます。

1. 静的バッチ処理

最も単純な方法は、固定サイズのバッチを使用することです:

def batch_inference(model, data_list, batch_size=32):
    results = []
    for i in range(0, len(data_list), batch_size):
        batch = torch.stack(data_list[i:i+batch_size])
        with torch.no_grad():
            batch_results = model(batch)
        results.extend(batch_results)
    return results

# 使用例
results = batch_inference(model, your_data_list)

ただし、都合よくバッチのタイミングでアクセスは来ない

Webサービスなのでオンデマンドな推論サービスをつくってるときには、GPUの単純な並列推論だけでは対処しきれません。

なぜなら、都合よく、同じタイミングでユーザーがアクセスしてこないからです。
むしろうまくバッチにのせられるタイミングのほうがマレです。

2. ダイナミックバッチング

リアルタイムで到着するデータを効率的に処理するために、ダイナミックバッチングを使用できます

import time
from collections import deque

class DynamicBatcher:
    def __init__(self, model, max_batch_size=32, max_wait_time=0.1):
        self.model = model
        self.max_batch_size = max_batch_size
        self.max_wait_time = max_wait_time
        self.queue = deque()
        self.results = {}

    def add_item(self, item_id, data):
        self.queue.append((item_id, data))
        if len(self.queue) >= self.max_batch_size:
            self.process_batch()

    def process_batch(self):
        batch_ids, batch_data = zip(*[self.queue.popleft() for _ in range(len(self.queue))])
        batch_tensor = torch.stack(batch_data)
        with torch.no_grad():
            batch_results = self.model(batch_tensor)
        for item_id, result in zip(batch_ids, batch_results):
            self.results[item_id] = result

    def get_result(self, item_id):
        start_time = time.time()
        while item_id not in self.results:
            if time.time() - start_time > self.max_wait_time:
                self.process_batch()
            time.sleep(0.01)
        return self.results.pop(item_id)

# 使用例
batcher = DynamicBatcher(model)

def process_item(item_id, data):
    batcher.add_item(item_id, data)
    return batcher.get_result(item_id)

# 複数スレッドからprocess_itemを呼び出す

このアプローチでは、データが到着次第バッチに追加され、バッチサイズが最大に達するか、最大待機時間を超えた場合に処理が実行されます。

3. 連続バッチ処理

また、連続的にデータが生成される場合、以下のような連続バッチ処理が効果的です

import torch
from torch.utils.data import DataLoader, IterableDataset

class ContinuousDataset(IterableDataset):
    def __iter__(self):
        while True:
            yield self.get_next_item()  # データ生成ロジックを実装

    def get_next_item(self):
        # 実際のデータ生成ロジックをここに実装
        pass

def continuous_batch_inference(model, dataset, batch_size=32):
    dataloader = DataLoader(dataset, batch_size=batch_size)
    for batch in dataloader:
        with torch.no_grad():
            yield model(batch)

# 使用例
dataset = ContinuousDataset()
for batch_results in continuous_batch_inference(model, dataset):
    process_results(batch_results)  # 結果の処理

この方法では、データが連続的に生成される場合でも、効率的にバッチ処理を行うことができます。

まとめ

今回は、とくに1台のGPUにおける並列化とパフォーマンスについて解説しました。
evalモードでの並列推論は多くの場合安全ですが、パフォーマンスを最大化するためにはバッチ処理が必須ですね。またディープラーニング、LLM系のサービスの推論シーンは多くの場合でダイナミックバッチング、連続バッチ処理などの技術が重要となります。当社でも、ダイナミックバッチ、連続バッチを当初から研究しており、LLMや動画生成、AIキャラクター応答にも応用しています。
これらのテクニックを適切に選択し、実装することで、推論のスループットを大幅に向上させることができます。

並列化とは別観点ではありますが、モデルの量子化、TorchScript の使用、GPU 最適化など、追加の手法を組み合わせることで、さらなるパフォーマンス向上が期待できます。

GPUはとても高額な機器なので、1台のGPUを「使い切る」という視点は非常に重要で当社Qualitegでも日々技術を磨いています。

さらに大規模なアクセスには「GPUクラスター」の導入を考えましょう

一方、大量の同時アクセスが想定されるシーンでは複数台のGPUを使用した負荷分散が必須となります。そちらのテクニックについてもまた別途ブログにて投稿させていただこうとおもいますが、以下の動画に LLM におけるGPUクラスターの構成方法について解説していますので、こちらもよろしければご覧くださいませ。

それでは、また次回お会いしましょう!

Read more

発話音声からリアルなリップシンクを生成する技術 第2回:AIを使ったドリフト補正

発話音声からリアルなリップシンクを生成する技術 第2回:AIを使ったドリフト補正

こんにちは! 前回の記事では、当社のMotionVoxで使用している「リップシンク」技術について、wav2vecを用いた音声特徴量抽出の仕組みを解説しました。音声から正確な口の動きを予測するための基礎技術について理解いただけたかと思います。 今回は、その続編として、リップシンク制作における重要な技術的課題である「累積ドリフト」に焦点を当てます。wav2vecで高精度な音素認識ができても、実際の動画制作では複数の音声セグメントを時系列に配置する際、わずかなタイミング誤差が蓄積して最終的に大きなずれとなる現象が発生します。 本記事では、この累積ドリフトのメカニズムと、機械学習を活用した最新の補正技術について、実際の測定データを交えながら詳しく解説していきます。前回のwav2vecによる特徴抽出と今回のドリフト補正技術を組み合わせることで、MotionVoxがどのように高品質なリップシンクを実現しているのか、その全体像が見えてくるはずです。 累積ドリフトとは何か 基本概念 累積ドリフトとは、個々の音声セグメントが持つ微小なタイミング誤差が、時間の経過とともに蓄積していく現象で

By Qualiteg 研究部
AIエージェント時代の新たな番人「ガーディアンエージェント」とは?

AIエージェント時代の新たな番人「ガーディアンエージェント」とは?

こんにちは!今日は先日ガートナーが発表したガーディアンエージェントについて解説します ガートナーの公式定義 ハイプカーブで有名なガートナーは2025年6月に、ガーディアンエージェントに関する見解を発表しました。ガーディアン・エージェントとは、AIとの安全で信頼できるやりとりを支援するために設計されたAIベースのテクノロジです。 ざっくりいうと、 「AIエージェントが来るよ」と予言したガートナー社は、次は、「ガーディアンエージェントが来るよ」と予言しました。なぜガーディアンエージェントが来るのでしょうか?本稿では、そのあたりを考察していきたいと思います。 なぜ今、AIの「監視役」が必要なのか 2025年、私たちは本格的なAIエージェント時代の入り口に立っています。AIが単なるツールから、自律的に判断し行動する「エージェント」へと進化する中で、新たな課題が浮上しています。 従来のAIとエージェント型AIの違い さて、ガーディアンエージェントが必要になる理由として、生成AI(以後AIと呼びます)の急速な進化があげられます。従来のAIとエージェント型AIの違いを思い出

By Qualiteg コンサルティング
LLM推論基盤プロビジョニング講座 第4回 推論エンジンの選定

LLM推論基盤プロビジョニング講座 第4回 推論エンジンの選定

こんにちは!前回までの講座では、LLMサービス構築に必要なリクエスト数の見積もりや、使用モデルの推論時消費メモリ計算について詳しく解説してきました。今回は7ステッププロセスの4番目、「推論エンジンの選定」について詳しく掘り下げていきます。 推論エンジンとは何か 推論エンジンとは、GPU上でLLMモデルの推論計算(テキスト生成)を効率的に行うために設計された専用のソフトウェアプログラムです。一般的なディープラーニングフレームワーク(PyTorch、TensorFlowなど)でも推論は可能ですが、実運用環境では専用の推論エンジンを使用することで、大幅なパフォーマンス向上とリソース効率化が期待できます。 推論エンジンは単なる実行環境ではなく、様々な最適化技術を実装しています。特定のモデルアーキテクチャに特化した最適化機能を実装したものや、推論速度の高速化に特化したもの、前回解説したKVキャッシュのメモリ効率化機能を備えたものなど、それぞれ特徴が異なります。そのため、自社で採用したLLMモデルや運用環境、要件に合致した推論エンジンを選定することが重要です。 推論エンジン選定のアプロ

By Qualiteg コンサルティング
発話音声からリアルなリップシンクを生成する技術 第1回:音素とwav2vec

発話音声からリアルなリップシンクを生成する技術 第1回:音素とwav2vec

こんにちは! 今日は当社のMotionVox でも実際に使っている「リップシンク」技術について総合的に解説してみたいとおもいます。 音声に合わせて自然な口の動きを生成するリップシンク技術は、AIアバターや3Dアニメーション制作においても重要な技術です。 本記事では、最新のディープラーニング技術を活用したリップシンク学習の基礎から実装まで、技術的な観点から詳しく解説します。 1. リップシンク学習の基礎概念 1.1 問題設定 リップシンク学習とは、音声データから対応する口の動きを予測する回帰問題ととらえることができます f: 音声特徴量(t) → 口の動きパラメータ(t) この問題のコアは 音韻(音の特徴)と視素(視覚的な口の形)の対応関係を学習する ことにあります。 1.2 音韻-視素マッピングの複雑性 ただし! 人間の発話における音と口の形の関係は、単純な1対1マッピングではないんです。 同じ音でも文脈で変化 「あ」の発音でも: - 「か」の後の「あ」→ 口がやや狭めから開く - 「ん」の後の「あ」→ 口が閉じた状態から大きく開く 調音結合

By Qualiteg 研究部, Qualiteg コンサルティング