「AIを作る国」から「AIで勝つ国」へ ── 日本のAI投資戦略を再設計する【前編】── 国産LLM・データセンター・データ主権の現在地を検証する

「AIを作る国」から「AIで勝つ国」へ ── 日本のAI投資戦略を再設計する【前編】── 国産LLM・データセンター・データ主権の現在地を検証する

こんにちは!

2025年から2026年にかけて、日本のAI関連投資が急速に動いています。

国産LLMの開発、データセンターの建設ラッシュ、政府による支援策の拡充。「日本もAIで遅れを取るわけにはいかない」という危機感が、はっきりと数字に表れています。

この動き自体は歓迎すべきことですし、何もしないよりずっといい。 ただ、日々

AI活用の現場に立ち会っている中で、ちょっとした違和感を覚えることがあります。

予算は動いている。 意思もある。

でも、この方向で大丈夫なんだろうか、と。

もちろん未来のことは誰にもわかりません。

ただ、公開されているデータを並べてみると、少なくとも「ちょっと立ち止まって考えてみてもいいんじゃないか」と思える材料がいくつか見えてきます。

本稿では前後編に分けて、その材料を整理してみます。

前編では国産LLM、データセンター投資、データ主権の3テーマ。

後編では「SaaS is Dead」の構造変化と、この環境下でどういうポジションの取り方がありえるかを考えます。


第1章:国産LLMの現在地 ── 規模の話をしよう

国内の大手通信事業者やITベンダーが開発する国産LLMは、パラメータ数でいうと比較的小〜中規模のものが多く、オンプレミスや閉域環境を意識した設計が目立ちます。

「軽量」「低コスト」「1GPUで動作可能」「オンプレミス対応」がセールスポイントで、限られた資源で実用に耐える製品を作るという方向性自体には合理性があります。

一方で、もう少し野心的な取り組みもあります。GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)プロジェクトの支援を受けて、100B(1,000億)パラメータ規模のモデルをフルスクラッチで開発したスタートアップや研究機関が複数存在します。

GENIACは経済産業省とNEDOが主導する国内生成AI開発力強化の枠組みで、計算資源の確保、基盤モデル開発支援、社会実装の加速を中核に据えたプロジェクトです(METI / NEDO)。

ここで言う「国産LLMの動き」は、制度設計上も計算資源・データ・知見共有を政策的に支える点に特徴があります。

GENIAC支援を受けた開発者の中には、一部の日本語ベンチマーク(たとえばJasterの0-shot・4-shot評価)で高いスコアを報告している事例があります。

また、日本語のビジネスドメインに特化した評価で良好な結果を出しているケースもあります。限られたリソースでこうした成果を出してきたことには素直に感心します。 ただし、ベンチマーク上の優位が汎用的な推論能力の同等性を直ちに意味するわけではありません。評価条件(対象タスク、プロンプト設定、データセット構成)によって結果は大きく変わりますし、日本語の特定タスクで高いスコアを出すことと、多言語・多領域にわたる汎用性能で肩を並べることの間には、かなりの距離があります。 海外のフロンティアモデルは推定で数千億から1兆パラメータ規模。パラメータ数だけがすべてではありませんが、資本規模と計算資源の投入量には大きな差があり、同じ土俵での汎用性能競争は難度が高いのが現実です。

投資規模の差──スケール感を掴む

この差がなぜ生まれたかというと、投下資本の桁が違うから、という身も蓋もない話になります。

米国のハイパースケーラー各社は2026年のAI関連設備投資(CAPEX)について、いずれも大幅な増額ガイダンスを出しています。Reutersの報道によれば、複数社のガイダンスを踏まえた2026年の投資総額は6,000億ドル規模に達するとの見方が報じられています。

一方で、Amazonの2026年投資計画(約2,000億ドルのガイダンス)に対しては市場が否定的に反応し、株価が下落する場面もありました。つまり、米国勢もこの投資規模が持続可能かどうかについて確信があるわけではなく、投資家の懸念は根強いのが実情です。 ここで注意が必要なのは、「米国のCAPEX」と「日本の政策支援」は性質の違う数字だということです。

米国側は民間企業の設備投資(データセンター建設、GPU調達、電力インフラ等)であり、日本側はGENIACをはじめとする補助金・基金・制度・調達などの政策支援です。単純比較は不正確になり得ますが、AI基盤整備に投じられる資金のスケール感を掴む参考にはなります。

そのうえで比べてみると、日本政府のAI関連支援策は、GENIAC、政府AI試験導入プロジェクト「源内」、生成AIの政府利用ガイドラインなど複数の制度群を含めて、数千億円規模です。米国ハイパースケーラーの年間CAPEX(6,000億ドル規模の見通し)と比べると、性質は異なるものの、AI基盤整備に動員できる資金量には2桁以上の差があります。

この数字を見ると、国産LLM各社が「軽量・低コスト」路線を取っているのは、むしろ冷静な判断とも言えます。正面衝突が合理的でない可能性が高いことは、おそらくご本人たちが一番わかっているはずです。

問題は、この現実をどう受け止めて次の一手をどこに打つかでしょう。

「国産LLM事業」の売上──数字の中身をちょっと覗いてみる

ある国内大手通信事業者は、自社LLMを軸としたAI関連事業で四半期の受注額670億円、累計受注件数1,800件超という数字を発表しています。

通期1,500億円、数年後には5,000億円超を見込むと。なかなか景気のいい話です。

ただ、この受注額にはLLMのライセンス収入だけでなく、コンサルティング、SI(システム構築)、インフラ整備、運用保守まで含まれています。LLMは案件獲得の「フック」で、収益の大部分は従来型のフルスタックSIから生まれている構造です。 別の大手ベンダーも独自LLMで「3年間で売上500億円以上」を掲げていますが、LLM単体のライセンス収入がどの程度かは開示情報からはよくわかりません。

SIで稼ぐのは立派なビジネスです。ただ、「国産LLMの商業的成功」として語られている数字の多くが、実質的には「LLMをフックにしたSIの成功」であるという点は、冷静に区別しておきたいところです。 IT業界に長くいる方なら、この構図に見覚えがあるかもしれません。新しい技術が出るたびに、その名を冠したSI案件が生まれ、数字としてはそのカテゴリの「市場規模」に計上される。

クラウドの時もそうでしたし、ビッグデータの時もそうでした。技術の名前は変わるけれど構造は変わらない、というのは日本のIT業界の不思議なところです。

もっとも、国産LLMの軽量・低コスト路線がまったく無意味かというと、そうでもありません。閉域環境でのニーズは確実に存在します。自社LLMへの問い合わせの過半数がクローズドな環境を求めているというデータもある。

「セキュリティのために国産が必要」という訴求が一定のマーケットで刺さっているのは事実です。

問題は、その市場の天井がどこにあるかということ。そして、汎用LLMの性能向上が続く中で、「業界特化の軽量モデル」という差別化ポイントがどこまで持続するかということです。この点については、もう少し後で触れます。

SIer構造とAI活用の微妙な関係

ここでもう一つ、あまり正面から語られない話題に触れてみます。

ここまで国産LLMの「受注額」や「案件数」といった景気のいい数字を見てきましたが、ここで一つだけ、視点を意図的にずらしておきます。

というのも、国産LLMの商業的成功が語られるとき、その内訳はしばしば「モデルのライセンス」だけではなく、コンサルティング、要件定義、システム構築、インフラ整備、運用保守までを含んだ"導入一式"の受注として集計されます。

つまり、国産LLMの勝敗はモデルの出来だけで決まるというより、「それを企業の現場に定着させ、業務の成果に結びつける力」に強く依存している。

そしてその"現場への定着"を担う主役が、日本では多くの場合SIerです。だからこそ、SIerの産業構造がAI活用に与える影響は、国産LLMの議論の外側ではなく、むしろ中心にある論点だと考えます。

日本のIT産業には、元請け・下請け・孫請けという多重委託構造が根深く存在します。いわゆる「ITゼネコン」と呼ばれるこの構造は、大手SIerが案件を受注し、実際の開発や構築は何層にもわたる協力会社が担うというもので、日本独自のビジネス慣行として長年議論されてきました。

この構造自体は「大規模案件を安定的に回す」うえで機能してきた側面もありますが、AI活用というテーマに関しては、別の難しさを持ち込みます。

ある調査では、日本のITエンジニアの多くがベンダー側に偏在し、ユーザー企業側の内製比率が相対的に低いという指摘があります。また足元では小規模事業者の経営環境が厳しくなっているという報告も見られます。

こうした状況の中で、AI時代にこの構造がどう作用するかは、けっこう悩ましい問題です。

AIの活用で本当に大事なのは、単にモデルを「導入する」ことではありません。

現場の業務を深く理解した上で、どのタスクにどのモデルを当て、どのデータを食わせ、どう評価し、どう例外処理し、どう運用で改善を回すか——要するに「業務文脈×設計×検証×運用」を一体として組み上げることです。

ところが多重委託構造では、この一体性が壊れやすい。顧客に一番近い元請けは業務を理解していてもモデルや実装の細部に踏み込みにくく、技術力のある下請けは実装に強くても顧客の業務の深部に触れにくい。

つまり、業務文脈と技術が別々の組織に分断され、「設計と検証が薄いまま工程が進む」状況が生まれやすいのです。

上流工程に携わる側の担当者が、マネジメントや書類作成に追われ、実装や評価設計の専門スキルが蓄積しにくい、という指摘が出るのも、この分断構造と無関係ではありません。

この分断が何を引き起こすか。

最も起きやすいのは、AI導入が「従来型のSI工程を丁寧になぞっただけ」のプロジェクトになってしまうことです。

要件定義→設計→構築→テスト→運用という工程そのものが悪いのではありません。問題は、AI活用に本来必要な「モデルの性能検証」「評価指標の設計」「現場フィードバックでの反復改善」が、工程の外側に追いやられ、形式的な導入に吸収されてしまうリスクがある点です。結果として、顧客企業がAI活用の内部ケイパビリティを育てられず、外注依存が固定化される——つまり、AIが組織能力として根付かないまま、プロジェクトとしては"完了"してしまう。

このパターンは、構造上どうしても発生しやすい。

ちなみに、当社は受託開発事業者ではありませんが、自社ソフトウェア開発におけるAI活用に真正面から取り組んでおりますので、本課題について一日の長があると自負しておりコンサルティングサービスもご提供中です。

さて、話をもどしますと、

さらに厄介なのが、SIerの収益モデルとAIの生産性が、構造的にぶつかりやすいことです。SIerの多くは人月工数に依存したビジネスを長く続けてきました。極端に言えば「工数が増えると売上が増える」モデルです。

一方、AIの価値は「工数を減らして成果を増やす」方向に出やすい。

つまり、同じ"生産性向上"が、ユーザー企業にとっては歓迎でも、SIer側の短期的な売上ロジックとは利益相反になりうる。もちろん現場では、品質担保、要件整理、工程管理、運用設計といった人間の役割は依然として大きいですし、AIがすべてを自動化できるわけではありません。ただ、AIが実装や運用を効率化するほど、「従来の人月の積み上げ」が価値の中心であり続けることは難しくなる。

ここに構造的な緊張があります。

この緊張を認識しているからこそ、大手SIer各社がコンサル事業の強化へ動いている、という見立ては自然です。

実際、SIとして関与しているうちに、周辺領域の相談が集まり、コンサル的な価値が生まれるケースは昔からあります。

ただし、ここにも飛躍しやすい落とし穴があります。

ユーザー企業がSIerに求めてきた役割は、多くの場合「システムを作ってくれる会社」であり、「戦略を提案してくれる会社」としてのブランドは必ずしも強くない。したがって、SIerが上流へ寄せれば寄せるほど成功する、と楽観するのは危険です。転換には時間がかかるし、顧客側の受け止め方次第では、期待したほど価値が認められない可能性も残る。ここは不確実性として正直に置いておくべきでしょう。 もちろん、うまく回っている現場もたくさんあるはずですし、SI的なサポートが不可欠な企業も多い。AI活用において「導入すること」と「社会実装すること」の間には大きなギャップがあり、そのギャップを埋める役割にSIerの存在意義があるという見方も一理あります。

ここで言いたいのは「SIerは悪い」という話ではありません。むしろ論点は、国産LLMやAI投資の成果を左右するボトルネックが、モデルの性能やGPUの数だけではなく、「実装の分断」と「インセンティブの不整合」にも潜んでいる、という点です。国産LLMが"導入一式"として売れるほど、その実装構造が成果を規定する割合は大きくなる。だからこそ、このリスクを脇役としてではなく、中心論点の一つとして頭の片隅に置いておく価値があると思います。

技術検証の文化について

2025年に入り、国内で注目を集めていたAIスタートアップの一つが、技術的な主張をめぐって議論を呼びました。 GPUコードの自動最適化で大幅な処理速度向上を主張する論文を発表したところ、海外の研究者から「主張された改善が外部検証で再現されない」という指摘がなされ、企業側も説明を行う事態となりました。 個別の是非について本稿で評価するつもりはありません。重要なのは、再現性と検証の仕組みがエコシステム全体の信頼を左右するという点です。

日本のAI分野では、華やかな発表や大型の資金調達がニュースになりやすい一方で、第三者による技術検証や再現実験の文化はまだ成熟途上にあります。

論文が出たらコミュニティが検証し、問題があればオープンに議論する──そういうサイクルが回るようになることは、エコシステムの健全性にとって、資金を集めることと同じくらい大事なのではないでしょうか。

差別化がどんどん溶ける問題

最後にもう一つ、国産LLMが直面している構造的な課題に触れておきます。 国産LLM各社は「軽量で安い」「日本語に強い」「業界特化」を差別化のポイントにしています。

しかし、汎用型LLMの進化は恐ろしく速い。

個別の業界タスクにも対応できるよう急速に改善が進んでおり、「業界特化の軽量モデル」という差別化ポイントが薄れていくリスクがあります。

さらに、MetaのLlamaをはじめとするオープンソースモデルの性能向上も著しい。無料で使えるオープンソースモデルが「軽量で安い国産モデル」と同等以上の性能を出すようになると、コスト面での訴求も効きにくくなります。

「データ主権のために国産が必要」という訴求についても、閉域・専有・国内リージョンなどの運用構成を選べる選択肢が存在する以上、「国産モデルでないとデータが守れない」というロジックは必ずしも正確ではありません。

この点は第3章で詳しく触れます。 もちろん、防衛やインテリジェンスのように「サプライチェーンの全段階で国産が必須」という領域は存在しますし、そこに向けた開発は意味があります。ただ、一般企業の多くにとって、「国産モデルでないとダメ」というケースがどの程度あるかは、冷静に見極める必要がありそうです。


第2章:データセンター投資の内実 ── 成長の中身を覗いてみる

数字は立派。でも中身を見ると…

日本国内のデータセンター市場は確かに活況です。複数の調査機関の推計では、市場規模は2020年代後半にかけて倍増する見通しが示されています。電力消費量についても、Wood Mackenzieの分析では2024年の19TWhから2034年には57〜66TWhへ3倍以上の増加が見込まれており、IEAも同期間に日本の電力需要増の半分以上をデータセンターが牽引すると指摘しています。 数字だけ見れば「日本のAI産業が急成長している」ように見えます。

ですが、この需要の中身を分解してみると、ちょっと違う景色が見えてきます。

外資のリージョン拡張が建設需要を押し上げている

国内DC稼働ラック数のうち、ハイパースケール型(海外大手クラウド事業者向け)の比率は拡大を続けており、2028年には過半に達する見通しです。

一方、リテール型(国内企業が利用する従来型DC)のラック数はほぼ横ばいで推移しています。 海外クラウド大手は日本市場への大規模投資を発表しています。

AWSは2027年までに日本のクラウドインフラに2兆2,600億円の投資計画を発表し、Oracleも10年間で80億ドル超の対日投資を表明しています。

つまり、日本のDC建設活況の主要因の一つは、外資が日本にリージョンを拡張し、日本企業がその上のクラウドサービスを利用するという構図です。建設雇用と電力需要は生まれますが、これが日本のAI産業の自律的な成長を意味するかというと、少し話が違ってきます。

先ほどの米国の数字を思い出してください。ハイパースケーラー各社のガイダンスに基づけば2026年だけで6,000億ドル規模の投資が見込まれる世界と、日本のDC市場全体を比べると、スケール感にかなりの差があります。

電力・系統のボトルネック

データセンターの話になると、必ずセットで語られるのが電力の問題です。

Gartnerの予測では、世界のDC電力消費は2025年の448TWhから2030年には980TWhへ倍増する見通しです。

このうちAI最適化サーバーの消費は2025年の93TWhから2030年には432TWhへ拡大し、DC全体の44%を占めると推計されています。

日本固有の問題もあります。DC需要は東京圏と関西圏に集中しており、2030年にはこれらの地域でDCが電力負荷の約7%を占める見込みです。ハイパースケーラーは通常5年以内のDC展開を目指しますが、電力供給を支えるガスタービン発電所の建設には最大10年かかる場合がある。このタイムラグが、一部の大規模プロジェクトの遅延要因になっています。

送電網の整備も課題です。資源エネルギー庁の戦略エネルギープランやOCCTOの長期送電網計画が示すように、地方で発電された再エネ電力を都市部に送る送電インフラの増強には長い年月を要します。データセンターの建設スピードと電力インフラの整備スピードのミスマッチは、日本だけでなく世界共通の課題ですが、日本の場合は再エネ導入の遅れも相まって、より複雑な状況にあります。

GPU需給が変動した事例から見えること

DC投資の長期的な課題とは別に、足元でGPUの需給バランスに変動が起きたケースがあります。

ある国内クラウド事業者は、経済産業省の助成を受けて最新GPUを大量に整備し、AI需要の波に乗って売上・利益ともに急成長しました。

導入と同時に「即完売」するほどの引き合いで、AIブームの象徴的な存在でした。 ところが翌期、継続を見込んでいた大型案件が終了し、GPUサービスの売上予想を大幅に下方修正。

営業利益予想は90%超の減額となり、株価はストップ安で約20%下落しました。

同社のトップは「GPUの物理サーバに寄りすぎたのが構造的課題」と振り返っています。

これは一社の事例であり、ここから「日本全体のGPU需要が弱い」と一般化するのは不適切です。ただ、少なくともこの事例が示唆しているのは、国内のAI向けGPU需要が特定の大型プロジェクトに偏る場合があり、稼働率の変動が業績を大きく揺さぶりうるということです。

当社も自社でGPUサーバークラスターを運用して、学習や推論サーバーとして稼働させていますが、正直H100を常時何百台も稼働させる体力はありません。一体そんな大量のGPUをだれが使う(資金的にも使える)んだろう、と考えることは多々あります。別投稿もしましたが、GPT級のLLMの学習はケタが違いすぎてとてもベンチャー企業が出をだせるレベル感ではないです。

投資回収は、恒常的な需要基盤の形成にかかっていると言えるでしょう。

クラウド経由の利用が中心──ただし条件付きで

多くの日本企業は、AIを「自分でGPUを調達して動かす」のではなく「クラウド経由で使う」傾向があります。

ChatGPTやClaudeのAPIを呼ぶだけなら、自前のGPUサーバークラスターは不要です。

繰り返しになりますが、自社で大量のGPUを調達してモデルの学習を回すのは、基盤モデルの開発企業や大規模な研究機関など、限られたプレイヤーです。

ただし、「すべての計算が国外に流れる」と言い切るのも正確ではありません。

海外ハイパースケーラーの日本リージョンが拡張されれば、推論処理の一部は国内のDCで実行されることになります。また、閉域環境での利用ニーズが高まれば、国内DCの需要が一定程度生まれる可能性もあります。 よ

り正確に言えば、投資回収のあり方は国内企業の恒常需要の形成だけでなく、ハイパースケーラーの日本リージョン戦略にも左右されるということです。

日本のDC投資が「日本のAI産業のため」なのか「海外ハイパースケーラーの日本展開のため」なのかは、今後の需要構造の推移を見ないと判断しにくいところです。


第3章:「データ主権」について考える

閉域環境へのニーズは本物

「機密データを海外のクラウドに送りたくない」「社内情報がAI経由で漏れるリスクを避けたい」 金融、医療、官公庁、製造業の設計データ。こうした領域で閉域環境を求めるニーズは本物ですし、軽視すべきではありません。

国内の自社LLMへの問い合わせの過半数がクローズドな環境での利用を求めているというデータもあります。

デジタル庁も国内開発LLMの政府利用に向けた試験導入(ガバメントAI「源内」)を進めており、政府の機密性が高い情報を扱う場合には、一定のセキュリティ要件を満たすモデルが必要とされています。 ここまでは、まったく正しい課題認識です。

ただ、その先の飛躍が気になる

気になるのは、この課題認識から「だから国産の基盤モデルを開発すべき」という結論に、けっこうな距離を一足飛びに跳んでしまう議論が多いことです。

冷静に考えると、企業が守りたいのは「自社のデータ」であって、「モデルの国籍」ではないはずです。この二つは似ているようで、まったく違います。

安全性を決めるのは「モデルの国籍」より、「データがどこに・どう流れ・誰が触れるか」を制御する仕組みです。

少し技術的な話になりますが、データ統制を実現する手段は「国産モデルを使うこと」に限りません。

たとえば以下のような選択肢があります。 まず、オープンソースの高性能モデルを自社環境(オンプレミスやプライベートクラウド)にデプロイすれば、データは自社の管理下に留まります。

次に、大手クラウドの閉域・専有・国内リージョンなどの運用構成を選ぶことで、データの所在地を限定し、他の顧客のワークロードと物理的に分離された環境でLLMを利用できる場合があります。

さらに、APIを利用する場合でも、入出力データの監視・マスキング・制御技術を組み合わせることで、機密情報がLLMに送信される前に遮断する仕組みを構築できます。

つまり、「閉域で使いたい」というニーズと「国産モデルでなければならない」という結論の間には、複数の技術的選択肢が存在するのです。

むしろ、性能で劣るモデルに縛られることで、AI活用の効果自体が落ちるリスクは無視できません。モデルの精度が数段落ちると、使い物になるかどうかのラインを割ることがある──現場にいる方なら、この感覚はわかっていただけると思います。「安全だけど使えない」のでは、本末転倒です。

データ統制の仕組みが本質

ここで言いたいのは、データ主権を守るための本質は、どのLLMを使うかではなく、自社のデータがどこに・どう流れるかを把握し、制御できる仕組みを持つことではないか、ということです。 入力データに機密情報が含まれていないかを検知する。出力から意図しない漏洩が起きていないかを監視する。問題があれば遮断する。こうした「データ統制のレイヤー」を持つことのほうが、モデルの国籍にこだわるよりも実効性の高いアプローチかもしれません。

当社のAIセキュリティソリューション LLM-Audit もまさにその課題解決をターゲットにしたものです。

「国産モデルだから安全」はよく考えると不思議な論理で、国産モデルでもクラウドに置けばデータは外に出ますし、オンプレでも適切な監査がなければ内部不正は防げない。逆に、海外モデルであっても適切なデータ統制の仕組みがあれば、機密情報の漏洩リスクは管理可能です。

もちろんこれは「国産モデルに意味がない」という話ではなく、「国産AIを育てたい」という産業政策的な意図と、「データを守りたい」というセキュリティ上の要請は、本来は別々の論点として整理すべきだ、という提案です。

この二つを混同すると、議論が噛み合わなくなりますし、結果として最適な解にたどり着きにくくなります。


前編まとめ

さて、ここまで見てきたことを整理しましょう。

国産LLMは、オンプレミス・閉域向けの小〜中規模モデルが主流で、GENIACの支援のもと100B級にチャレンジするプレイヤーも複数存在します。

一部の日本語ベンチマークでは高いスコアが報告されていますが、汎用性能で海外フロンティアモデルと肩を並べるには、資本と計算資源の規模差が大きい。

「LLM事業」の売上の多くは実質的にSIビジネスであり、SIer特有の多重委託構造や人月商売モデルがAI活用にどう作用するかは注視が必要です。

データセンター投資は、市場の成長が見込まれる一方、その主要因の一つは海外ハイパースケーラーの日本リージョン拡張です。GPU需給が特定案件に偏って変動した事例もあり、恒常需要の「面」が形成されるかどうかは今後の推移次第です。

電力・送電網のボトルネックも長期的な課題として存在します。

データ主権は、課題自体は本物。ただし、データを守る手段は「国産モデルの開発」に限らず、運用構成の工夫やデータ統制のレイヤー構築など、複数の選択肢が存在します。産業政策とセキュリティの議論を分けて整理することが大事です。

「日本はダメだ」と言いたいわけではなく(むしろアメリカ・中国を見ないふりすれば、日本のAI環境はかなりイイです)、現実を正確に見た上で「じゃあどこに張るのが賢いのか」を考えるための材料として、これらの事実を並べてみました。

後編では、ソフトウェア産業で起きている「SaaS is Dead」の構造変化を見ながら、この環境下でどういうポジションの取り方がありえるかを考えてみたいとおもいます。

→ 後編:「AIで勝つ国になるために」に続く(近日公開予定)


Appendix

用語の定義

CAPEX(設備投資): データセンター建設、GPU調達、電力インフラ等への民間企業の設備投資。会計上の定義や範囲は企業により異なる場合がある。

政策支援: 補助金、基金、税制優遇、政府調達、ガイドライン整備等の総称。CAPEXとは性質が異なる。

データ主権: データの所在地だけでなく、アクセス統制、監査、サプライチェーン全体の管理を含む概念。

出典・参考記事

GENIAC(概要・制度設計・採択関連)

米国大手テックのAI投資スケール(2026年見通しと市場の懸念)

日本のデータセンター投資・需要構造・電力制約

海外クラウド大手の対日投資

政府の生成AI利活用(制度・運用の整理)

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