【AI×CAD 第5回】CADだけでは伝わらない「なぜ」を残す。設計知の伝承をローカルLLMで始めるための考え方
CADには最終的に「何を作ったか」は残るのに、その形にした「なぜ」は形状だけからは分かりません。幾何の事実から問いを立てて設計者に答えてもらい、形状と判断理由を一緒に残す。変更前後の比較も使いながら、設計知の伝承とローカルLLMの活用を業務から考えます。
こんにちは!
当社はコンサルティングの現場で、CADデータをはじめとする設計情報の活用と、設計知の伝承についてご相談をいただく機会が増えています。話を聞くと、困りごとの中身はどこも似ています。
3Dデータも図面も過去の分まで全部ある。検索もできる。それでも、ベテランが辞めると同じ失敗が起きる。
先にことわっておくと、これはデータが足りないのではなく、残っている情報の種類が偏っている問題です。CADには、最終的に「何を作ったか」は残ります。一方、その形にした「なぜ」は、形状だけからは分かりません。そして「なぜ」は、本人に「教えてください」と言っても出てきません。
この記事は「AI × CAD・設計情報」シリーズの第5回です。第2回から第4回で、STEPから穴・勾配・歯数といった情報を取り出す方法を示してきました。今回は、その情報を足がかりに「なぜ」を残していく方法と、外部に出せない設計情報を扱うローカルLLMの位置づけを書きます。

CADに残るもの、形状だけでは分からないもの
まず、何が残っていて何が残っていないかを分けます。
| 残っているもの(What) | 形状だけでは分からないもの(Why) | |
|---|---|---|
| 穴 | φ10.2の通し穴が2つ、位置は (±22.5, 0) | なぜφ10ではなくφ10.2にしたのか |
| 歯車 | モジュール2・歯数15と30・中心距離45 | なぜこの歯数の組み合わせなのか |
| 金型 | 勾配2°・リブ厚1.5・横穴φ6 | なぜ横穴をスライドで抜く判断をしたのか |
| 形状全般 | 最終形状は忠実に記録されている | 試して駄目だった案、条件、当時の制約 |
左の列は、第2回から第4回で示したとおり、STEPから機械的に取り出せます。右の列は、形状のどこにも書いてありません。設計者の頭の中か、当時のメールか、会議室の記憶にあるだけです。
設計知の伝承でとくに失われやすいのは、右の列です。
「なぜ」は、形状に紐づけて残す
「なぜ」を残そうとして、設計標準書やノウハウ集を作った会社は多いはずです。それが使われなくなる理由も、だいたい同じです。形状から切り離された文章は、必要なときに検索できないし、読んでも自分の設計のどこに当てはまるのか分からないからです。
だから「なぜ」は、その判断が表れている形状そのものに貼るのがいちばん確実です。
CADASの付箋は、その最小の実装です。付箋ツール(Nキー)を選び、確認対象の形状にコメントを付けます。たとえば、実際に設計した本人に「判断:取付位置を変更した。理由:○○のため。成立する条件:△△の場合。再確認:□□が変わったとき」と書いてもらう。○○には推測を埋めず、本人が説明した内容を記録します。
付箋には、貼った瞬間の視点も一緒に記録されます。一覧をクリックすると、貼った人が見ていたのと同じ画角に戻ります。部品名や位置を確認してから、その箇所の判断を読み直せます。CSVに書き出せば、部品名や座標とコメントを一覧として扱えます。
共有パッケージ(.cadas)にすれば、付箋と視点とマーキングがモデルごと次の人に渡ります。文章を別の資料へ移すだけでなく、何についての説明かを3D上で確かめられる状態を残せます。

まずサンプルに「この部品で確認したいこと」を一件貼り、共有パッケージに保存して開き直してみてください。付箋の一覧から、対象と視点へ戻れることを確かめられます。理由を書く前に対象を揃えることも、誤った知識を残さないための大事な手順です。
ベテランに「教えてください」では出てこない
付箋の仕組みがあっても、書く人がいなければ何も残りません。ここが伝承のいちばん難しいところで、ベテランに「ノウハウを書き出してください」と頼んでも、本人にとっては当たり前すぎて言語化できないか、書き出したものが一般論になって形状に紐づかないか、どちらかになります。
当社が有効だと考えているのは、事実を根拠にAIが具体的な問いを投げ、ベテランには答えてもらうだけにするやり方です。
第4回で、AI所見が減速ギアユニットについてこう書いたのを思い出してください。
φ9.94 と φ10.14 の 0.2 mm 差は、はめあいの違いを意図した可能性がありますが、公差情報は含まれていません。
これは、メッシュ解析で得たφ9.94とφ10.14という近似値を見たAIが、用途の違いを確認しようとして出した所見です。まず対象部品と、元のCADで指定した穴径を確かめます。そのうえで「この穴をこの径にした理由は何ですか」と尋ね、設計者が答えた判断や条件を付箋として残します。径の違いだけから過去の不具合や公差の意図を決め付けず、本人の説明を記録します。
問いの起点を形状の事実に限定することで、根拠のない問いを減らします。AIが仮説を含む問いを出すときも、どの幾何事実を起点にした問いかが分かる形にします。答えは判断・根拠・条件・結果のセットで、フィーチャ(穴・歯車・リブ)に紐づけて蓄積していく。第2回の穴テーブル、第3回のDFM結果、第4回の所見は、この問いの種を機械的に量産する装置として見ることができます。
「教えてください」を「これはなぜですか」に変える。伝承の入口はそこだと考えています。
変更前の形状も残すと、判断の理由を読み直せる
理由だけを文章で残しても、「変更前はどうなっていたのか」が分からないと、後任が判断をたどれないことがあります。現在のCADASでは、変更前後のモデルを比較し、その両方を含めて共有パッケージに保存できます。差のある部品を見つける操作は第6回で詳しく扱いますが、設計知の伝承では、この前後の形状が説明の土台になります。
たとえば、比較サンプルのリニアステージには、センサーをX方向へ15mm動かした変更があります。「15mm動かした」はモデルから確かめられる事実です。「なぜ動かしたか」「他の案を選ばなかった理由」「どの条件で再検討するか」は、設計者に確認して残す情報です。この二つが揃うと、次に同じ部品を変える人が、過去の判断を自分の条件と比較できます。

動く組立では、確認した姿勢も説明になります。機構定義と角度を含めて保存したモデルを開き、どの姿勢で何を確かめたかを示せます。付箋には、対象のモデル版、確認条件、判断の理由を自分の言葉で記します。比較や保存の機能を使いながら、業務で必要な記録の項目を揃えていく進め方です。
まず一件、後任が説明をたどれる記録を作る
最初から設計部門の知識をすべて集める必要はありません。いま判断した穴、リブ、取付位置のどれか一つを選び、付箋に「判断」「理由」「成立する条件」を残します。.cadasを別の担当者に渡して、該当箇所を開けるか、理由を読んで次の判断に使えるかを確かめます。
その一件で不足が分かれば、記録の項目やレビューの手順を直せます。蓄積した付箋や関連資料を検索し、社内LLMで質問に答える仕組みは、その先の導入として検討できます。記録の集め方や検索の範囲を、実際の業務に合わせて設計していきます。
機密は図面でなく、形状そのものに表れる
ここまでの話をクラウドの生成AIで回そうとすると、すぐに壁に当たります。
設計情報の機密性は、図面に書かれた文字だけの話ではありません。なぜその勾配なのか、なぜそのRなのか、なぜその歯数の組み合わせなのか。競合が知りたいのはまさにその「なぜ」で、それが付箋として形状に紐づいた瞬間、そのデータは機密度の非常に高い設計知になります。
クラウドへの送信が認められない設計情報を扱うなら、伝承の仕組みで使うLLMも社内に置く必要があります。そこで選択肢になるのがローカルLLMです。
当社はLLMのインフラ構築を本業の一つにしていて、GPUの選定から推論エンジン(vLLM・Ollama等)の構築、社内向けのチャット基盤までを手がけています(技術的な詳細はLLMインフラのコンサルティングメニューにまとめています)。CADASのAI所見は現在、当社サーバー経由でClaudeを呼んでいますが、第4回で書いたとおりLLMを呼ぶ部分はサーバー側に閉じ、渡すのは構造化データだけです。呼び先を社内のローカルLLMに差し替える構成は、この切り分けがあるから成立します。
「AIで設計知を残したいが、データは外に出せない」という条件は、当社にとっては制約ではなく、前提です。
ソリューションありきで始めない
最後に、当社がお客様とこのテーマを進めるときの順番を書いておきます。ツールの話から入らない、というのがいちばん大事な原則です。
最初にやるのは真因の特定です。「ベテランが辞めると同じ失敗が起きる」の失敗が、実際にはどの工程のどの判断で起きているのかを、過去の手戻りや不良の記録から絞り込みます。ここを飛ばすと、ノウハウ集が誰にも使われなかった過去と同じことを、AIで繰り返すことになります。
次に、フィージビリティの確認です。その判断は、形状の事実から問いを立てられる種類のものか。CADデータのどこに表れているか。第2回から第4回で示した抽出が、お客様のデータに対して実際に効くかを、実データで確かめます。
そのうえで小さな実証に入ります。1つの製品系列、数人のベテラン、数十件の「なぜ」。ここで大事なのは、実証を始める前に評価指標を決めておくことです。蓄積した「なぜ」の件数ではなく、それを参照した設計で手戻りが減ったか、新人が同じ判断に到達するまでの時間が縮んだか。指標が先に決まっていれば、投資判断は数字でできます。
この順番で進めれば、ローカルLLMの基盤整備も、CADASのような解析基盤の社内展開も、必要な範囲に絞って投資できます。
シリーズを振り返る
第1回から第5回までで扱った内容を、ここで整理します。
| 回 | 扱った課題 | CADASで示したこと |
|---|---|---|
| 第1回 | 3Dデータが設計部門の外で見られない | ブラウザで開く・測る・切る・付箋と視点を付けて渡す |
| 第2回 | 見積もりのたびに穴を数えている | B-Repから穴・ザグリ・皿・フィレットを自動分類、厳密解析でSTEPの解析曲面に記録された幾何値を取得 |
| 第3回 | 「抜けません」が設計後に戻ってくる | 抜き勾配・アンダーカット・肉厚を型開き方向から自動判定、タグを付けて共有 |
| 第4回 | 機密データをAIに渡せない | 幾何解析を先に済ませ、LLMには構造化データだけを渡す |
| 第5回(本記事) | 「なぜ」が残らない・伝わらない | 事実から問いを立て、答えを形状に貼り、ローカルLLMで回す |
まとめ
CADには、最終的に「何を作ったか」は残ります。その形にした「なぜ」は、その判断が表れている形状に貼って残すのが確実で、貼る中身はベテランに聞くのではなく、幾何の事実から立てた問いに答えてもらって集めます。そのデータは機密度の非常に高い設計知になるので、クラウドに出せない条件のもとではLLMも社内に置きます。進める順番は、真因の特定、フィージビリティ、評価指標を先に決めた小さな実証、そして投資判断です。
設計知の伝承は、ツールを入れる話ではなく、問いの立て方を変える話です。
ご相談ください
CADデータをはじめとした設計情報の管理や、AIを活用した設計知の活用と伝承についてのご相談は、AI × CAD・設計情報コンサルティング(無料相談)で受け付けています。課題感が固まっていない段階でも構いません。現状のデータと困りごとを伺うところから始めます。
形状に「なぜ」を貼る感覚は、CADASで今日から試せます。無料・登録不要です。
次回の第6回は、「どこを変えたか」を設計部門の外にも伝えるための、3Dモデルの比較です。今回の「なぜ」を、変更箇所と結び付けて読む場面へ進みます。それでは、また次回、お会いしましょう!
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